名古屋地方裁判所 平成2年(わ)1964号 判決 1991年8月26日
本籍
愛知県豊田市常磐町三丁目一五番地
住居
右同
会社役員
河上澄夫
昭和一一年九月二〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官遠藤浩一出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、愛知県豊田市常磐三丁目一五番地において「河上澄夫商店」の名称で清掃業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、所得税の確定申告に際し、事業収入に対する必要経費を過大に計上することにより、所得の一部を秘匿した上、
第一 昭和六一年分の実際の所得金額が九四八〇万〇一七五円であり、これに対する所得税額が五一〇六万七八〇〇円であるのに、昭和六二年三月一四日、同県岡崎市明大寺本町一丁目四六番地所在の所轄岡崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が、二四九〇万七〇八三円であり、これに対する所得税額が七九八万四九〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額四三〇八万二九〇〇円を免れ、
第二 昭和六二年分の実際の所得金額が一億〇二七一万二〇七六円であり、これに対する所得税額が五一七三万一五〇〇円であるのに、昭和六三年三月九日、前記岡崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が、二七七二万九六二八円であり、これに対する所得税額が九三九万九五〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額四二三三万二〇〇〇円を免れ、
第三 昭和六三年分の実際の所得金額が一億〇五四二万四四三九円であり、これに対する所得税額が五一九九万五一〇〇円であるのに、平成元年三月一四日、前記岡崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が、二九二七万九三七七円であり、これに対する所得税額が九三四万円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額四二六五万五一〇〇円を免れ
もって、いずれも不正の行為により所得税を免れたものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 証人河上美智子の当公判廷における供述
一 第二回公判調書中の被告人の供述部分
一 被告人の検察官に対する供述調書二通
一 収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書
一 被告人作成の上申書六通
一 河上美智子の検察官に対する供述調書抄本
一 収税官吏作成の河上美智子に対する質問てん末書四通(うち抄本二通)
一 松本康夫作成の上申書
一 収税官吏作成の査察官調査書(一三通)及び査察官報告書
判示第一の事実について
一 岡崎税務署長作成の証明書(昭和六一年分確定申告)、同(昭和六一年分修正申告)
一 収税官吏作成の脱税額計算書(昭和六一年分)
判示第二の事実について
一 岡崎税務署長作成の証明書(昭和六二分確定申告)
一 収税官吏作成の脱税額計算書(昭和六二年分)
判示第三の事実について
一 岡崎税務署長作成の証明書(昭和六三年分確定申告)
一 収税官吏作成の脱税額計算書(昭和六三年分)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人には必要経費の過大計上の認識がなく、したがってほ脱の故意を欠く旨及び前記認定の免れた所得税額はすべて所得の隠匿行為とは無関係に生じた誤記、誤算又は不注意や重い違い等に基づく過少申告によって免れた所得税額であり、したがって所得税法二三八条所定の「偽りその他不正行為」により免れた所得税額には含まれない旨を主張し、被告人もこれにそう供述をする。
しかしながらまず前段については、前記各証拠によれば、被告人の営む「河村澄夫商店」においては、その売上金額の明瞭な把握は容易であり、ただ経費の把握が問題となるところ、その経費は人件費を主とするものであり、その営業規模が小さく、被告人自身が率先して業務に当たる態勢を採っていることもあり、その詳細までも把握することはともかく、経費の概要を把握することは容易であったものと推認され、したがって被告人が前記申告をするに当たっては、必要経費の過大計上の認識があったものと推認するのが相当である。なお被告人は、いわゆるマル優枠を超える預金をし、そのため架空名義の預金口座を開いて利子所得を免れようとしていたことの認識は当公判廷でも自認するものであり、前記のとおり売上金額が明瞭に把握され、他方よって得られた利益につき相当な認識を有していた以上、これらの数字から経費を概括的に把握することは容易であったものと推認され、右事実も前記の判断にそうものと解される。
次に後段についてであるが、一般にはほ脱税額の範囲については原則として行為者になにがしかの所得を免れたことの認識があれば故意はその正当に計算された全税額に及ぶものと解され、ただ行為者において予見不可能と思われる申告漏れ部分についてはこれを例外的にほ脱所得金額から除外すべきものと解されるところ、前記各証拠により認められる前記「河村澄夫商店」の営業規模、営業形態等に照らすならば、被告人に右予見不可能な申告漏れ所得はなかったものと解され、したがって弁護人の右主張も採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条に該当するところ、情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を各選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 北澤章功)